大河ドラマ「べらぼう」が終わってしまいましたが、脚気で亡くなった主人公の蔦谷重三郎を介護していたのは、妻のおていさんでした。
では、江戸時代に、高齢の親を介護していたのは誰なのでしょうか?
長男の配偶者(いわゆる「嫁」)でしょうか?娘でしょうか?
一番多かったのは、「一家の主」です。
「武士の介護休暇」(著者:崎井将之著、発行:河出書房新社、河出新書)には、江戸時代の武士は、「看病断(かんびょうことわり)」などと呼ばれる介護休暇を取得し、肉親の介護にあたっていたと書かれています。
「看病断」とは、幕府が1742年(寛保2年)に、父母や妻子が病気の際には無条件で介護休暇を認める制度を設けており、前後して多くの藩でも同様の制度が設けられていたそうです。
実際にこの制度を利用して、家族の介護にあたったという記録が、幕府をはじめ諸藩に残っているとのことです。
また、「銀の猫」(著者:朝井まかて、発行:文藝春秋、文春文庫)には江戸の庶民の介護事情が描かれていて、とても面白いのですが、ここでも、当時の介護事情がよくわかるので、少し長くなりますが引用します。
「年寄りの介抱を担っている者の大半は、一家の主なのだ。これは町人も武家も同じことで、旗本や御家人などの幕臣は親の介抱のために届を出して勤めを休むことも許されている。主君に忠義、親には孝養を尽くすのが人の道である。御公儀(おかみ)はしじゅうそんな高札を立てて「孝」を触れ、・・・町人の間でも「家を継ぐ者が、親の老後を看取る」という料簡が行き渡っている。家屋敷や蔵、店の跡目を継ぐことと親を看取ることは一体であり、名代の店の主であっても商いを番頭に任せ、何年も老親の介抱に専心するのである。
一方、主の妻女や孫はというと、介抱の中心にはならないのが常だ。一家の主が親の介抱に手を取られている間、家内を守るのが務めとされている。」
しかし、実際には、江戸時代にも、親の介抱なんてやってられないという息子もいるわけで、今でいう介護ヘルパーさんの役を「介抱人」と、訪問介護事業所を「口入屋」と設定して、介抱人お咲が様々な高齢者を介護する物語となっています。
ここで重要なのは、江戸時代から、介護休暇も訪問介護事業所もどきもあったということです。
令和に生きる私たちこそ、これらの制度を使わなければと思います。
